2008年8月1日金曜日

生徒「お腹で支えるってどういうことですか?」

さあ、有能なティーチャー;あなたならどう答えますか!?

できるだけ曖昧な表現を避けて。
といってもどうせ「~のように」「~みたいに」とか言うんでしょうね? ね?

以上、救いようのないティーチャーでした。

2008年7月30日水曜日

”ピアノの先生”っていますよね

ピアノの先生
あの人たちってどうしてピアノの先生になったんでしょう?
せっかく音大出たのに。
最初から教員や講師になりたいと思ってたんならいいですよね。
でもそれ以外の人たちはどうなんでしょう? たぶん大多数がそういう人たちだとは思うんですけど。
演奏家になれなかった落ちこぼれっていうことなんでしょうか?
「あの人は弾けないから先生になったのよ」とい侮辱的なピアニストの言葉があるらしいです。
でもまあ、その通りですね。

かわいそうですね、細々と生徒を集め安価な価格で教えてその間に自分も練習だなんて先細った惨めな人生みたい。
でもそうすることでしか満足できない音楽家の性があるのでしょうか
ちょっと小規模な音楽会でも浸って、知人を呼び慰め合いの演奏会。
自己満音楽会?
それも、教える技能がないのに教師をやっているというのがおかしな話です。
自分の習ったことしか教えられない人がなんと多いことか!
自分の教わったことが=正しいと思い込んで、その他の理論は駄目、みたいにいう人いますよね。
教わったことしか知らない、自分で勉強もしないものだから生徒から聞かれても答えられないし、決まり切ったことしか教えられない。
こんなのが...”教師”?
いやいや、教師という名の月謝詐欺師ですね。
日本のクラシック界はこの先ずっとこうだと思います。
楽器は楽しいもの

2008年7月28日月曜日

たとえば外国の歌曲

日本語訳が付いてないとぼやく人がいますね。
なんなんでしょう?
「私日本語しか読めないのよ!」と言ってるようなもんでしょうか
これだからますます音楽家は「頭悪い」という烙印を押されるんでしょうね。
事実ですけど…。
第一、外国語の曲を日本語で歌うなんて「頭のネジ揺るんでんじゃないの?」くらいの勢いです。
世界語といわれる、英語さえもできなさそうですよね。
碌に文を読めなければ、簡単な計算もできない、常識も知らずに、井の中の蛙。
それでいて音楽会では1流どころか、2流にすらなれずただ人生老いていくだけ。
だのに、プライドだけは人一倍高い困ったちゃん。
これが世間の目らしいです。
必至に練習し努力してきたものの、夢はつかめずなんとか幸せを装う。辛い選択ですね。
音楽を選ぶというのは、人生の道楽ということなのかな?
音楽家にはまずコトバを勉強してもらいたいですね。音楽なんて2の次でしょう。
生まれてから死ぬまで遊びに時間とお金を費やせるのはある意味とても羨ましいことだと思います。
随分と話が脱線しました。